■第8回:“失われた逆転” ■

『逆転裁判2』は、楽しんでもらえましたか。
前作に引き続いて今回もシナリオを担当したわけですが、執筆中は、かなりのプレッシャーを感じていました。
あくまでもぼく個人の実力レベルから考えると、前作はかなり上デキだったからです。
続編の制作が決定した瞬間、『逆転裁判』は“愛すべき我が子”から“超えるべき親父”へと変貌。‥‥これは、負けるワケには行かない!

‥‥と、そんな決意で書き始めたシナリオ。
今回から、その4つのエピソードについて、制作の裏側を紹介していこうと思います。
くれぐれも、ゲームをクリアしてから読んでくださいね。

まずは、第1話“失われた逆転”。
とりかかってみたものの、のっけからアイデアのカケラも出てきません。
1年ぶりのプロット作りで、コツを見失っていたのでしょうか。
“まあ、気長にやるか”‥‥と、そのときは思ったのですが‥‥

‥‥3日ほど完全に空白の時間が過ぎて、しだいにアセってきました。
そこで、とにかく想像を広げるために、指針となる“イメージ”を列挙してみることに。
思いついた順に並べてみると‥‥

  1. 舞台は公園、死因は転落。
    (‥‥とりあえず、前作の1話が部屋の中だったから、今度は屋外にしよう。死因も、前作で使ってないヤツがいい‥‥転落、かな)

  2. 被害者が犯人のメガネをむしり取る
    (‥‥全然トリックが思い浮かばないぞ。この際なんでもいい、なんかないか!そういえばオレ、メガネかけてるな。これ、使えないかな‥‥)

  3. 成歩堂が記憶喪失になる
    (‥‥前作をプレイしてない人にも、すんなりゲームの世界に入ってほしい。それなら、主人公に記憶をなくしてもらえばいいかな‥‥)

    1と2は苦しまぎれのイメージで、この時点ではなんのヒラメキもありませんでした。
    そして‥‥3を思いついたのが、その翌日。

    ‥‥“記憶喪失”。
    このフレーズが思い浮かんだ瞬間、やっとすべてが転がり出しました。
    それも、かなりのスピードで。

    ‥‥成歩堂が記憶を失った場合、物語はどう展開して、どういうクライマックスを迎えるべきか‥‥?
    そこから考えていくと、ほとんど必然的にプロットが組み上がりました。
    その結果“ある小道具”が必要になり、その小道具の特性からオープニングのシーンを思いついたとき、やっと確信できました。
    「これなら、イケる‥‥」

    死ぬ思いでヒネり出したネタは、どんなささやかなものでも必ず使うことにしているので、メガネと転落と公園をネジこんで‥‥ようやく、完成。

    第1話はこんな感じで、いきなりギリギリまで追いつめられてしまいました。
    ‥‥ホント、危なかった。
    次回は第2話。“再会、そして逆転”の話をしたいと思います。
    お楽しみに。




■第8回《裏》■

“失われた逆転”


とりかかってみたものの、のっけからアイデアのカケラも出てきません。
1年ぶりのプロット作りで、コツを見失っていたのでしょうか。

真 宵 :
ヘンなの。ふつう、アイデアは最初のほうが出しやすいんじゃないの?
成歩堂 :
なんでも、アタマの中にモードがあるらしいよ、タクシュー。
真 宵 :
モード?
成歩堂 :
アイデアを考えるモード、文章を書くモード、シゴトしないモード。
真 宵 :
あ。なんかわかるな、それ。
成歩堂 :
エンジンが切り替われば、そこそこ行けるようになるんだって。‥‥ガソリンさえあれば。
真 宵 :
ガソリン、って‥‥やっぱり?
成歩堂 :
ウイスキー、なのかな。
真 宵 :
やれやれ‥‥。

‥‥“記憶喪失”。
このフレーズが思い浮かんだ瞬間、やっとすべてが転がり出しました。
それも、かなりのスピードで。


成歩堂 :
リクツはわかるけど、何も消火器で殴ることないよなあ。
真 宵 :
ホントにねえ。‥‥でも、初めて遊んでくれる人たちのためだもん、しかたないんじゃないかな。
成歩堂 :
アマいよな、タクシュー。“ゲームが始まって最初のムジュンは、どんなヒトでもわかるものにするべきだ”とか言っちゃってさ。
真 宵 :
“最初のムジュン”ってなんだっけ?
成歩堂 :
ホラ。須々木 マコちゃんの‥‥。
真 宵 :
ああ、アレかあ。‥‥たしかに、ものスゴくあからさまだねー。
成歩堂 :
最初のイメージでは、別のネタが来るはずだったらしいけどね。
真 宵 :
へえ。どれのこと?
成歩堂 :
グローブを見まちがえるネタ。かなり物議をかもしだしたみたいだよ。
『さすがにそれは‥‥』って。
真 宵 :
ううん、そうだろうねえ‥‥。
成歩堂 :
絵を描いたスタッフも、ずいぶん苦労したからね。

イワモト : 「巧さん。できましたよ! グローブの絵」
タクミ : 「‥‥ダメだな。バナナっぽくない」
イワモト : 「‥‥ばなな?」
タクミ : 「いかにもバナナに見えそうなグローブなんだよ」
イワモト : 「どんなグローブですか、それ‥‥」


‥‥で、翌日。

イワモト : 「できましたよ! 巧さん」
タクミ : 「‥‥バナナじゃないか、これ」
イワモト : 「だって、そう言ったじゃないですか」
タクミ : 「いやいや。必要なのは、そこはかとなくバナナふうのグローブ」
イワモト : 「だからそれ、どんなシロモノなんですか!」
タクミ : 「オレに聞くなよ!」

真 宵 :
‥‥はたから聞いてると、ちょっとバカっぽい会話だねえ。
成歩堂 :
でも、微妙に絶妙だったよな。あのグローブ。

その結果“ある小道具”が必要になり、その小道具の特性からオープニングシーンを思いついたとき、やっと確信できました。
「これなら、イケる‥‥」


真 宵 :
あの、おっきな裁判長さんには笑ったねえ。
成歩堂 :
そうだなあ。‥‥でも、実はあれ、最初は裁判長じゃなかったんだよ。
真 宵 :
え! ウソ、そうなの?
成歩堂 :
ここに、タクシューがパソコンで作った絵コンテがあるんだけど。
ちょっと見てみようか。

BGM パイプオルガンの荘厳な音で、 トッカータが流れる。

悪 魔 ‥‥クックックッ‥‥

‥‥ついに追いつめたな
‥‥成歩堂 龍一!


真 宵 :
あれ、ホントだ! アクマ‥‥だって。
成歩堂 :
なんでも、ちょうどこの頃のタクシュー、カプコンの『デビル メイ クライ』っていうゲームで遊んでいてさ。
真 宵 :
‥‥“でびる”‥‥?  だから、アクマなの?
成歩堂 :
そのゲームのオープニング映像を見ていて“あ。これがいいや”って思ったんだって。
真 宵 :
はああ‥‥。メガネといい、ホント、目に入ったものをそのまんま使うんだねえ。


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