■第3回: 修羅場(1) ■

『逆転裁判2』の制作状況は、正直なところ、かなり厳しいものでした。
これからしばらく、そのお話をしていこうと思います。
『2』の制作‥‥それは、いきなりクライマックスから始まったのです。

今から、約1年前。
前作『逆転裁判』の制作が終了して、ぼくは長期休暇をとりました。
休暇があけるころには、身も心もふやけきって、完璧な社会不適応者のできあがりです。
ひさしぶりに出社すると、さっそくプロデューサーからお呼びがかかりました。
「おはよう、巧くん」
‥‥この日から始まる数ヶ月こそが、ぼくにとって、逆転裁判史上最大の修羅場でした。

「実作業に入る前に、まず、シナリオを全部、書いちゃってほしいんだけど」
これが、ふやけきった社会不適応者に対する、プロデューサー流の朝のアイサツでした。
「いきなりゼンブってのは、ムリじゃないかな‥‥」
「ダメ。ゼンブ」
前回は、制作の進行に合わせて物語を考えていたのですが、今回はいろいろ事情があって、どうしても最初にそろえる必要があったのです。
「うう‥‥じゃあ、しかたないか」
「じゃ、たのんだ。全5話ぶん。期間は3ヶ月半ね」
「‥‥え!」
これが、ふやけきった社会不適応者に対する、プロデューサー流の殺し文句でした。

‥‥3ヶ月半? それに、さりげなく前作より1話、増えてるし‥‥。
絶対、ムリ。
ここは断固、抗議しなければなりません。‥‥人生、時にはムダも必要なのです。
もちろん、抗議はフットワークの軽い笑顔で、軽やかに鮮やかにかわされました。

‥‥とにかく、やってみるしかないみたいだ‥‥。
そう思った瞬間、頭の中に、映画“ミッション・インポッシブル”のテーマが鳴り出しました。
席に戻り、とりあえず、スケジュールを立ててみます。
前作では、1本のエピソードの執筆に、平均1ヶ月以上かかっていました。
‥‥この時点で、すでに時間が足りません。
しかも今回は、トリックはおろか、ストーリーのカケラすら存在しない。
さらに重要なことに、この時点でぼくは、休暇あけでふやけきった哀れな社会不適応者にすぎず、まずは社会復帰から始めなければならない状況だったのです。
まさに、修羅場。

‥‥そして、3ヶ月後。
シナリオはどうなったかというと‥‥続きはまた、次回。



■第3回《裏》

修羅場(1)


真 宵 :
みなさん、こんにちは。サンマのおいしい季節ですね!
成歩堂 :
どうでもいいよ、そんなこと。
真 宵 :
ううう‥‥軽い世間話から入ってみたのに‥‥。
成歩堂 :
それどころじゃないだろ。今日はホラ、発売日じゃないか。『逆転裁判2』の。
真 宵 :
ええッ! ウソ、そうだっけ?
成歩堂 :
ぼくなんかもう、買ってきたもんね。
真 宵 :
うわ。まぶしい銀のパッケージだ。いいな! 貸して貸して!
成歩堂 :
だ、ダメだよ。ぼくだってまだやってないのに。
真 宵 :
あたしもやりたいよー、なるほどくうん!
成歩堂 :
自分で買えよ。
真 宵 :
ううう‥‥600円足りない‥‥。
成歩堂 :
じゃ、さっそく始めようか。さっさと済ませて、今日はぼく、もう帰るから。
真 宵 :
あとで600円ちょうだいね、なるほどくん。

前作『逆転裁判』の制作が終了して、ぼくは長期休暇をとりました。
休暇があけるころには、身も心もふやけきって、完璧な社会不適応者のできあがりです。

成歩堂 :
いくらなんでも、この書き方はないよな。
真 宵 :
そうだよね、たしかに。“社会不適応者”はねえ‥‥。
成歩堂 :
だって、これじゃまるで、ふだんは社会に適応できてるみたいじゃないか。
真 宵 :
‥‥え?
成歩堂 :
ディレクターのタクシューって、イトノコ刑事と同い年らしいんだけどさ。
真 宵 :
“タクシュー”‥‥?
成歩堂 :
巧 舟(タクミシュウ)だから、縮めてタクシュー。‥‥これから何回も出てきそうだから。
真 宵 :
あ、なるほど。‥‥で、このタクシューがどうしたの?
成歩堂 :
すさまじいんだよ。最近は、モノ忘れとか特に。
真 宵 :
モノ忘れ? それならイトノコさんだって‥‥。
成歩堂 :
スケールが違うね。‥‥たとえば、チームのメンバーとの、ある日の会話だけど‥‥
イワモト : 「巧さん。呼ばれたんで来ましたけど、なんですか?」
タクミ : 「あー、そうそう。‥‥えと。キミ、名前なんだっけ」
イワモト : 「イワモトです!」
タクミ : 「あ、それ! ‥‥で? なんの用だっけ?」
イワモト : 「巧さんが呼び出したんじゃないですか!」
タクミ : 「え。‥‥なんで?」
イワモト : 「知りませんよ!」

‥‥とか。日常茶飯事らしいよ。
真 宵 :
‥‥よくそんなコトで、シナリオが書けるね。
成歩堂 :
いやいや。ヤバいみたいだよ。‥‥たとえば、3話を書いてるときに2話のことを聞かれたりすると‥‥
イワモト : 「巧さん。このトリックなんですけど」
タクミ : 「‥‥え? そんなムカシのこと、今さらむし返すなよ」
イワモト : 「でも、現場写真を作らなくちゃ‥‥」
タクミ : 「うわッ!」
イワモト : 「な、なんですか?」
タクミ : 「ヘンなところで話しかけるから、何書いてるかわからなくなっちまった!」
イワモト : 「‥‥それって、ボクのせいですか?」
タクミ : 「そもそも、おまえダレだよ!」
イワモト : 「イワモトです!」

とか。チームの風物詩らしいよ。
真 宵 :
‥‥往復ビンタだね、そんなヤツ。

「実作業に入る前に、まず、シナリオを全部、書いちゃってほしいんだけど」
これが、ふやけきった社会不適応者に対する、プロデューサー流の朝のアイサツでした。

真 宵 :
‥‥なんかちょっと、ヒニクっぽいね。
成歩堂 :
かなりね。
真 宵 :
仲、わるいのかな。
成歩堂 :
まあ、プロデューサーとディレクターは、闘う宿命にあるからね。
真 宵 :
会話を聞いてるかぎり、勝負になってないけど。
成歩堂 :
よく、ライオンはムスコをガケから突き落とす、っていうだろ?
‥‥そのライオンがプロデューサーで、ムスコがディレクターかな。
真 宵 :
なるほどねえ。そのムスコさんがはい上がってきて、ゲームができあがるんだ。
成歩堂 :
永久にはい上がってこないこともあるみたいだけど。
真 宵 :
‥‥やっぱり、なんでもやりすぎはよくない、ってことだね。

席に戻り、とりあえず、スケジュールを立ててみます。
前作では、1本のエピソードの執筆に、平均1ヶ月以上かかっていました。

真 宵 :
1ヶ月で1話、書けるんなら、1年中書き続ければ12話できちゃうんだよね。
成歩堂 :
そういう計算になるね。
真 宵 :
しかも、今回は5話で3ヶ月半なワケでしょ?
成歩堂 :
ああ。前作より短くなってるよな。
真 宵 :
じゃあ、じゃあ、この調子で行けば、『逆転裁判10』ぐらいになったら、プロデューサーから
「じゃ、たのんだ。全15話ぶん。明日までね」
‥‥とか言われちゃうのかな。
成歩堂 :

そりゃそうだろう。

真 宵 :
へえ‥‥スゴいなあ!
成歩堂 :
‥‥そう言われたとき、タクシューの頭の中にどんな音楽が流れ出すか、聞いてみたいもんだね。

 


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