■第4回: 修羅場(2) ■

とにかく、与えられた3ヶ月半をどう使うか、それを考えなければなりません。
各シナリオの執筆に、最低でも半月かかるとすれば、5話ぶんで2ヶ月半。
それを差し引くと、エピソードのプロットを考える時間は、1ヶ月。
‥‥そうなると、1話ぶんのプロットの構想に使える時間は、約1週間。

1週間に、1本。
ぼくにとっては、かなりシビアな条件でした。
プロットは、シナリオの‥‥『逆転裁判』の、まさに心臓部分です。
まず、1番大きくて重要な要素である、ミステリーとしての"趣向"、
その趣向を実現するために必要な"トリック"、
そのトリックを解き明かすための"手がかり" 、
その手がかりを散りばめるための"ストーリー" 、
そのストーリーを語るための"登場人物"‥‥
考えなければならないことは膨大で、それらの要素を1本のプロットにつなぐ作業もまた、地味で激しい作業でした。

‥‥1ヶ月後。
絶対ムリだと思っていたのですが、5本ぶんのプロットは、なんとか仕上がっていました。
そして、それから2ヶ月半。
絶対ムリだと思っていたのですが、5本のシナリオは無事、完成してしまいました。
"原作"ということで、小説に近い体裁で書かれた6冊ぶんの分厚いファイル。
ページ数にして1500ページの原稿‥‥
それが、この3ヶ月半の成果です。

プロット構想から執筆中、ぼくは毎日"シナリオ日誌"なるものを記していました。
今、それを読み返してみると、なかなか涙ぐましいものがあります。
集中して1つのプロットを考えていると、そのアイデアがおもしろいのかどうか、自分でわからなくなってきます。
強烈な不安と、あっという間に迫ってくる"締め切り"に心を切り刻まれていく様子が、断片的ですが、克明につづられていました。
最後まで続けられた原動力は‥‥意地と、『逆転裁判』が好きだったから‥‥なんでしょう。

ところで、最近よく、
『ああいう物語は、どうやって考えるの?』
と聞かれることがあります。
これはなかなか難しい質問で、たった1つの答えというものは存在しません。
それぞれのエピソードは、それぞれ違ったキッカケから、違った順序で発想が広がり、想像もしなかった経路をたどってゴールにたどりつくのです。

もう少ししたら、このコラムで、『逆転裁判2』の各エピソードについて、その裏側を紹介してみようと思います。
それまでに、みなさんもがんばって、すべての事件を解決しておいてくださいね。



■第4回《裏》

修羅場(2)

各シナリオの執筆に、最低でも半月かかるとすれば、5話ぶんで2ヶ月半。
それを差し引くと、エピソードのプロットを考える時間は、1ヶ月。
‥‥そうなると、1話ぶんのプロットの構想に使える時間は、約1週間。


真 宵 :
あたしも書いてみようかな、シナリオ。向いてると思うんだよねー。
成歩堂 :
いいんじゃないかな。
真 宵 :
でもさ。どうやって考えるのかな。トリックとか。
成歩堂 :
"どうやって"も何も、考え続けるだけだろ。ひたすら。
真 宵 :
なんかタクシューって、アイデア考えるとき、その辺を歩き回るってウワサだよ?
成歩堂 :
彼が歩いたあとには、きれいな花が咲くらしいね。
真 宵 :
‥‥ちょっと! さっきからテキトーに返事してるでしょ!
成歩堂 :
ははは、ごめん。でも、ネタを考えるのに、方法なんてあるのかな。
真 宵 :
ほら、ほら、よく言うじゃない。おふろ入ったり、散歩したりして、
リラックスするといいアイデアが浮かぶって。
成歩堂 :
あれはウソだね。『リラックスしたら、そもそも仕事のことなんか考えない』
って言ってたよ。
真 宵 :
そうなの?
成歩堂 :
明日が締め切りだ、ってときに、おふろ入って散歩してるワケにもいかないしね。『なんとしてもヒネり出す!』っていう、気合いじゃないかな。
真 宵 :
そうかあ‥‥。ちょっと、あたしには向いてないな、そういうの。

そして、それから2ヶ月半。
絶対ムリだと思っていたのですが、5本のシナリオは無事、完成してしまいました。


真 宵 :
‥‥なんだ。書けたんじゃない。
成歩堂 :
ここだけの話だけど、ちょっぴり後悔してるらしいよ、タクシュー。
真 宵 :
後悔?
成歩堂 :
がんばりすぎた、って。
真 宵 :
どういうこと?
成歩堂 :
いや、ホラ。この期間で書けるって、自分で証明しちまったワケだろ?
これから先もこんなペースで仕事するとなったら、今度こそヤバいからね。
真 宵 :
ダメだね、男は先のコトを考えちゃ。今、この瞬間を全力で輝くのが大切なんだよ、なるほどくん。
成歩堂 :
‥‥ま、ローソクも消える寸前が一番、明るく輝くっていうからね。
真 宵 :
そうそう!
成歩堂 :
『ギリギリで書いた緊張感と、息苦しいほどの集中力を感じる』って言ってたぞ、自分で。ダレも言ってくれないから。
真 宵 :
ふうん。きっと、ヘタに時間があるよりいいのかもしれないね。

最後まで続けられた原動力は‥‥意地と、『逆転裁判』が好きだったから‥‥なんでしょう。


成歩堂 :
こんなこと言ってるけど、実は、もう1つあったらしいよ。原動力。
真 宵 :
え! なに、なに?
成歩堂 :
ここだけの話だよ。ゼッタイ、ないしょだからね。
真 宵 :
うん。言わない言わない。
成歩堂 :
ウイスキー
真 宵 :
‥‥ういすきー?
成歩堂 :
ガソリン、てヤツだね。書き始める前に、ストレートでグッと。
真 宵 :
ちょ、ちょっと! お仕事中に飲んじゃダメでしょそんなの!
成歩堂 :
もちろん、就業時間中はダメだけどね。休日出勤中とか、夜とか、こっそりと。
真 宵 :
うえええ‥‥。でも、まわりに他のスタッフもいるんでしょ?
成歩堂 :
そこはホラ。こざかしい工夫をしてるワケだよ。たとえば、栄養ドリンクを飲むフリして、実はそのボトルの中身は‥‥とか
真 宵 :
はああ。さすがミステリー書いてるだけあって、実生活でもトリックを使ってるんだねえ。
成歩堂 :
なんでも、気合いが入るらしいよ。頭に血がのぼって。
真 宵 :
そんなもんなのかなあ。
成歩堂 :
『飲めば飲むほど強くなる』って。
真 宵 :
強くなるんだ‥‥。
成歩堂 :
こんなこともあったらしいね。休日のことなんだけど。
タクミ : 「‥‥‥‥‥‥
(一心不乱に原稿と格闘中)」
部 長 : 「お、巧。日曜日なのに、タイヘンやなあ」
タクミ : あ! みみみ三上部長! どどどどうも!
(激しく動揺)」
部 長 : 「ん。なんや。カオ色よくないな。具合、わるいんか?」
タクミ : 「い、いえッ。げげげ元気です!」
部 長 : 「あかんで。栄養ドリンクばっかり飲んでちゃ」
タクミ : 「ははははい!」

‥‥このときばかりはムネが痛んだ、って。
真 宵 :
はああ‥‥。あんまり強くなったようには見えないけど。タクシュー。
‥‥でも、こんなところでバラしちゃったら、もう使えないね、このトリック。
成歩堂 :
なんかね。とっくにバレちゃったらしいよ。夜のタクシューは、どうも挙動不審だ、って。
真 宵 :
‥‥やっぱり。
成歩堂 :
今じゃ、ちょっと具合がわるくて仕事中にぐったりしてても、
「巧! また飲んでるのか!」
って、怒られるって。
真 宵 :
‥‥自業自得だねえ、そりゃあ。


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