■第7回: しらみつぶし■

2つの隕石のダメージから立ち直った我々は、いつしか夏を迎えていました。
晩夏から秋にかけて、制作はついに終盤戦へと突入したのです。
さて。この頃になると、我々チームと並行して、新しいスタッフが動き始めます。
《バグチェッカー》と呼ばれる連中。
"バグ"という専門用語もずいぶん日常的になってきましたが、要するに、ゲームの構造上の不具合やプログラムミスのこと。
バグチェッカーとは、制作途中のゲームをプレイして、こうしたミスや不具合を見つけだすのが専門のプロ集団なのです。

『画面が切り替わった瞬間にAボタンを押すと、一切の操作を受けつけなくなる』
『法廷記録を開いてすぐ閉じると、一瞬画面が真っ暗になる』
‥‥制作だけで精一杯の我々スタッフに代わって、あらゆる状況を想定した細かいチェックが行われます。
バグには、あるポイントに30分の1秒のタイミングで特定の操作をしなければ発生しないものなど、特殊なケースが多々あります。
そんなシビアな不具合を見つけだしてくれる彼らを、あえて不必要にカッコよく表現するならば、
"荒涼とした電脳のジャングルに放たれた野獣を狩る孤高のハンター"
といったところでしょうか。

彼らによって発見されたバグは、リストにまとめられ、我々のところに届きます。
担当スタッフが修正作業をして自分の名前をそのリストに書き込み、チェッカーの手で最終確認。
こうして1つひとつ、バグは姿を消していきます。
表舞台には出てきませんが、彼らの影の力に支えられて、ゲームは完成するのです。
この場を借りて、お礼を言わせていただきます。
お世話になりました。いつも、どうもありがとうございます。

‥‥と、言うのも‥‥
ぼくには、特にお礼を言わなければならない事情があるのです。
『逆転裁判2・バグリスト』には、約1000個のバグが整然と並んでいます。
そのリストの"修正担当者"サインを見ると‥‥半分以上が《タクミ》。
つまり逆転裁判2のバグの大半は、ぼく自身がせっせと生み出したものなのです。

誤字。
シナリオを担当している以上、どうしても生まれてしまうミス。
これだけで、200個ぐらいあったような。
それ以外にも、セリフが表示されるスピードや"間"、登場人物の動作、フェードイン・アウトなど画面演出のタイミングや、音楽・効果音の設定ミス‥‥。
そして決定的なのは、ストーリー上のムジュン点の指摘。
これはもう、まさに"リアル・逆転裁判"。
『第○話の○○○のアリバイは成立しません!』
のヒトコトで、シナリオの大改造を余儀なくされたことも‥‥。

ゲームが完成するまでに、こうした地道な作業は不可欠です。
これからも、彼らにはお世話になるでしょう。
‥‥今後とも、よろしくおねがいします。



■第7回《裏》■

しらみつぶし


2つの隕石のダメージから立ち直った我々は、いつしか夏を迎えていました。
晩夏から秋にかけて、制作はついに終盤戦へと突入したのです。

成歩堂 :
夏はニガテみたいだね、タクシュー。
真 宵 :
へえ。なんで?
成歩堂 :
クーラーがないから。自分の部屋に。
真 宵 :
うええ、そうなの!
成歩堂 :
この夏は特に暑かったから、そのせいでテレビまで壊れたって。
真 宵 :
‥‥それ、暑さはカンケイないと思うけど。
成歩堂 :
あんまり暑くて、寝てたらグラグラめまいがしたらしいよ。それであわててクーラーを買う決心をして。
真 宵 :
はああ。やっと買ったんだ。
成歩堂 :
いや、それがね。2、3日したらめまいが治っちゃって。『じゃあいらないか』
ってことに。
真 宵 :
‥‥なんで買わないのかなあ。お金、ないのかな。
成歩堂 :
そんなことはないと思うよ。本人は"夏は闘う季節だ"って言ってるらしいけど。
真 宵 :
せめて、テレビは買ったの?
成歩堂 :
いや、それもね。思いっきり両手でバン、って叩いたら直っちゃって。『じゃあいいか』ってことに。
真 宵 :
なんかウソっぽい話だなあ‥‥。
成歩堂 :
叩いたとき、思わず『くらえ!』って叫んだらしいよ。
真 宵 :
それはウソだよ、なるほどくん。

バグチェッカーとは、制作途中のゲームをプレイして、こうしたミスや不具合を見つけだすのが専門のプロ集団なのです。


真 宵 :
お。かっこいいね、"プロ集団"ってヒビキ。
成歩堂 :
実際、感謝してるみたいだね、タクシュー。
真 宵 :
そりゃそうでしょ。
成歩堂 :
『逆転裁判』シリーズって、何回も何回も続けて遊ぶタイプのゲームじゃないよね。それをチェック期間中、ずうっとやり続けるわけだから。
真 宵 :
ううん、それはどうかなあ。あたしだって2、3回は遊ぶけどな。
成歩堂 :
そんなレベルじゃないよ。彼らは20回、30回って繰り返すんだから。
真 宵 :
うわ。それはスゴい。
成歩堂 :
タクシューもちょっと気にして、会話の内容を変えたり、ギャグを増やしたりしたらしいけど。
真 宵 :
へえ。サービスのつもりだったのかな。
成歩堂 :
そのせいでまた、よけいな誤字を増やしちゃって。
真 宵 :
‥‥何がやりたかったんだろ‥‥。

誤字。
シナリオを担当している以上、どうしても生まれてしまうミス。


成歩堂 :
実はここだけのハナシなんだけどさ。
真 宵 :
うんうん。そういうの大好きだな、あたし。
成歩堂 :
タクシューがムカシ作ったゲームの中に、ホントにギリギリまで発見されなかった誤字があったんだよ。
真 宵 :
へええ。どんなの?
成歩堂 :
『手かがりを探して‥‥』っていう文章なんだけど。
真 宵 :
‥‥? 手がかり、がどうかしたの?
成歩堂 :
よく読めよ。『手がかり』じゃなくて『手かがり』になってるだろ。
真 宵 :
‥‥うわ。これはまぎらわしいね。‥‥っていうか、どうしてこんな間違え方ができるのかな。
成歩堂 :
今回、『逆転裁判2』のバグチェックがそろそろ終わる頃になって、
「‥‥そういえばムカシ、こんなミスをしたっけなあ」
って、みんなに話したんだって。
真 宵 :
思い出話、ってヤツだね。
成歩堂 :
そしたら、チームの1人が何気なく、
「巧さん、今度もまた、同じミスしてませんよね?」
真 宵 :
あはは。‥‥まさかねえ。
成歩堂 :
‥‥ちょっと、その場が静かになっちゃって。念のためにチェックしてみたんだって。
真 宵 :
うん。そしたら?
成歩堂 :
1個だけ出てきたらしいよ。『手かがり』。
真 宵 :
‥‥なんかちょっと深いね、そのハナシ。

『異議あり! 第○話の○○○のアリバイは成立しません!』
のヒトコトで、シナリオの大改造を余儀なくされたことも‥‥。


成歩堂 :
そもそもタクシューが、ものを知らなすぎるんだよ。
真 宵 :
そうなの?
成歩堂 :
前作『逆転裁判』でも、とんでもないことがあったんだよ。
真 宵 :
え! なに、なに?
成歩堂 :
タクシュー、殺人事件の時効は10年だ、って思いこんでて。
真 宵 :
あれ。たしか15年だよね。
成歩堂 :
10年前、っていう設定で回想シーンを作った後でそのミスがわかってさ。
いきなりゼンブ、5年ぶん狂っちゃったワケだ。
真 宵 :
‥‥よく破綻しなかったね。
成歩堂 :
なんとか書き直したらしいよ、シナリオは。
真 宵 :
そうじゃなくて、チームが破綻しなくてよかったね、ってコト。
成歩堂 :
‥‥ううん、たしかに。


戻る