シナリオ制作にとりかかったばかりの、ある朝。
出勤すると、プロデューサーから呼び出しの電話が入りました。
開発ビルの12階。ぼくに背を向けたまま、巨大な窓の前に立つプロデューサー。
革のジャケットに革のパンツに革のブーツに革のサイフ、その他、革のもろもろ。
手にしたカップから立ち上る珈琲の薫りを愉しみながら、ブラインド越しに差し込む朝日に目を細めて、彼は夢見るように、低くこうつぶやいたのです。
「探偵パートに、新しい要素を追加してほしい‥‥」
‥‥そのヒトコトを聞いた次の瞬間、ぼくの頭の中には"サイコ・ロック"のイメージができあがっていました。
『逆転裁判』は、"ウチの母親ですら遊べる"シンプルさが大前提です。
だから、ゲームの中心にあるのは、基本的に《ウソを見破る》という1つのポイントだけ。
それ以上増えてしまったら、母親はもう、ついてこられません。ゼッタイに。
となれば、探偵パートにも《ウソを見破る》要素を盛り込めばいい。
ここまでハッキリしていれば、付加すべき要素はもう、明白でした。
‥‥もちろん、いつもこんなに簡単にアイデアが浮かぶハズがありません。本当に、奇跡的に運がよかっただけです。
しかし、ここで
「うん、いいよ。もうアイデアもあるし」
などと、軽々しく引き受けるワケにはいきません。足もとを見られてしまいます。
ぼくはうつむき、ためらいがちにクチビルをかみしめ、数十秒のあいだ迷いあぐねた挙げ句、悲壮な決意とともに、震える声でポツリと言ったのです。
「むずかしいけど‥‥なんとか考えてみよう。3日くれないか」
‥‥まあ、おおむねこのようなカキヒキの末、サイコ・ロックが生まれました。
実際、アイデア自体は比較的スムーズに固まったのですが、システムが完成するまでには、1ヶ月以上かかっています。
"サイコ・ロックを、ビジュアルでどう表現するか‥‥?"
これが、なかなか難問だったのです。
でも、これが完成してしまえば、制作は問題なく進行するはずでした。
なぜなら、あとは基本的に、前作の延長線上にゴールがあったのですから。
‥‥ところが。
『逆転裁判2』が完成するまでに、我々はさらに、2つの巨大な障害にブチ当たりました。
次回は、それについてお話ししましょう。
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