■第5回 : サイコ・ロック■

シナリオ制作にとりかかったばかりの、ある朝。
出勤すると、プロデューサーから呼び出しの電話が入りました。

開発ビルの12階。ぼくに背を向けたまま、巨大な窓の前に立つプロデューサー。
革のジャケットに革のパンツに革のブーツに革のサイフ、その他、革のもろもろ。
手にしたカップから立ち上る珈琲の薫りを愉しみながら、ブラインド越しに差し込む朝日に目を細めて、彼は夢見るように、低くこうつぶやいたのです。
「探偵パートに、新しい要素を追加してほしい‥‥」

‥‥そのヒトコトを聞いた次の瞬間、ぼくの頭の中には"サイコ・ロック"のイメージができあがっていました。
『逆転裁判』は、"ウチの母親ですら遊べる"シンプルさが大前提です。
だから、ゲームの中心にあるのは、基本的に《ウソを見破る》という1つのポイントだけ。
それ以上増えてしまったら、母親はもう、ついてこられません。ゼッタイに。
となれば、探偵パートにも《ウソを見破る》要素を盛り込めばいい。
ここまでハッキリしていれば、付加すべき要素はもう、明白でした。

‥‥もちろん、いつもこんなに簡単にアイデアが浮かぶハズがありません。本当に、奇跡的に運がよかっただけです。
しかし、ここで
「うん、いいよ。もうアイデアもあるし」
などと、軽々しく引き受けるワケにはいきません。足もとを見られてしまいます。
ぼくはうつむき、ためらいがちにクチビルをかみしめ、数十秒のあいだ迷いあぐねた挙げ句、悲壮な決意とともに、震える声でポツリと言ったのです。
「むずかしいけど‥‥なんとか考えてみよう。3日くれないか」

‥‥まあ、おおむねこのようなカキヒキの末、サイコ・ロックが生まれました。

実際、アイデア自体は比較的スムーズに固まったのですが、システムが完成するまでには、1ヶ月以上かかっています。
"サイコ・ロックを、ビジュアルでどう表現するか‥‥?"
これが、なかなか難問だったのです。
でも、これが完成してしまえば、制作は問題なく進行するはずでした。
なぜなら、あとは基本的に、前作の延長線上にゴールがあったのですから。

‥‥ところが。
『逆転裁判2』が完成するまでに、我々はさらに、2つの巨大な障害にブチ当たりました。
次回は、それについてお話ししましょう。



■第5回《裏》■

サイコ・ロック

真 宵 :
さあ! 今日もはりきって行こうか、なるほどくん!
成歩堂 :
‥‥でもさ。今回のコラムの内容って、
"サイコ・ロックは、アイデアがすぐ出たワリにビジュアル表現で苦労した"
‥‥これだけなんだよな。
真 宵 :
あれ。そういえばそうだね。
成歩堂 :
まったく、それだけのコトをここまで引き延ばすんだからなあ、タクシューも。
真 宵 :
ううん‥‥まず、そこをつっこむかあ。さすがなるほどくんだねー‥‥。

革のジャケットに革のパンツに革のブーツに革のサイフ、その他、革のもろもろ。手にしたカップから立ち上る珈琲の薫りを愉しみながら、ブラインド越しに差し込む朝日に目を細めて、彼は夢見るように、低くこうつぶやいたのです。

真 宵 :
カッコイイよねー、プロデューサー。イナバさん、だっけ?
成歩堂 :
そうだなあ。‥‥でも、コーヒー飲みながら、朝日に目をショボショボさせてたんだろ?
前の晩、ちょっと飲み過ぎただけかもしれないぞ。
真 宵 :
なんでそうなるの!
成歩堂 :
だって、"夢見るように"つぶやいたんだろ。きっとまだ、目が覚めてなかったんだよ。
真 宵 :
そんなことないと思うけど。
‥‥あ。それにさ。全身、革でキメてるんだよ! シブいよねえ。
成歩堂 :
前の晩の飲み屋でも、焼き鳥のカワばっかり食べてたってウワサだね。
真 宵 :
だから、勝手に前の晩のエピソードを作らないでよ!
成歩堂 :
いいんだよ。ぼくたち、オマケなんだからさ。
真 宵 :
"カプコンのヒトはどいつもこいつも、お酒ばっかり飲んでるのか"って、ゴカイされちゃうよ‥‥。

『逆転裁判』は、"ウチの母親ですら遊べる"シンプルさが大前提です。
だから、ゲームの中心にあるのは、基本的に《ウソを見破る》という1つのポイントだけ。


成歩堂 :
そもそも、裁判のゲームじゃなかったからね。最初は。
真 宵 :
え! そうなの!
成歩堂 :
この"シンプル"ってヒトコトがすべてなんだと思うよ、このゲームは。
真 宵 :
‥‥どういうこと?
成歩堂 :
『アリバイ』やら『トリック』やら『犯人』やら、プレイヤーが考える要素を増やしたくなかったんだって。混乱するから。
真 宵 :
そうなんだ。
成歩堂 :
基本的に『どこに矛盾があるか?』だけ考えていれば、先に進めるようにする。
そうすれば、ゲームの操作自体もシンプルにできる、って。
真 宵 :
でも、でも。じゃあなんで"裁判"なの?
成歩堂 :
『ウソを見破る探偵の物語』だと、今までのゲームとイメージが変わらないと思ったんだって。だから、ウソを見抜くのが職業の人間を主人公にしたんだ。
真 宵 :
それが弁護士、ってコトかあ。
成歩堂 :
たまに雑誌で《あえて"裁判"という題材に挑戦した作品》なんて紹介されてるのを見ると、ムネが痛むらしいよ、タクシュー。
真 宵 :
そんな大げさなものじゃないもんねえ‥‥。

"サイコ・ロックを、ビジュアルでどう表現するか‥‥?"
これが、なかなか難問だったのです。


成歩堂 :
最初はね。証人の横に、ガラス製のでっかい南京錠が1個、ぐるぐる回ってたんだって。証拠をつきつけると、それがパリンって砕けるんだけどね。
真 宵 :
いちおう"ロック"だったんだ。
成歩堂 :
ロックをキレイにガラスっぽく見せるのがむずかしくて、苦労したらしいよ。
真 宵 :
へええ。
成歩堂 :
で、1週間ぐらいたって完成したから、プロデューサーに見せたワケだ。
真 宵 :
うんうん。イナバさん、なんて?
成歩堂 :
「仮はいいから、そろそろ本番にとりかかってくれ」
‥‥って、ヒトコト。
真 宵 :
ありゃ。
成歩堂 :
まったく悪気はなかったんだけどね。ホントに"仮"に見えたって。
真 宵 :
ふうん。冷静な目で見たら、あまりデキがよくなかったのかな。
成歩堂 : そのヒトコトで、グラフィック担当者のガラスのココロもパリンっていっちゃったらしいよ。
真 宵 :
‥‥笑えないよ、なるほどくん。
成歩堂 :
タクシューも、あのときの担当者の涙目が忘れられない、って。
真 宵 :
そうなんだ。
成歩堂 :
ま。今じゃそれも、いい思い出だろうけど。
真 宵 :
それはちょっと、早すぎるんじゃないかな。


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